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190号 |
| 2006年 3月号 |
| TOP NEWS | |||||||||||
| 小さな島のでっかい卒業式、18年ぶりに開催 | |||||||||||
「すいせい」から降りてこられた、恒松校長先生はほほえみつつも、少しさみしげに、空を見上げてそうつぶやかれました。 この日は、端島小学校にとって18年ぶりの、そして再開してからは、初めての卒業式です。 島内外から多数の方にお越しいただきました。どの方の顔も晴れ晴れとしていて、けれど、どこかさみしげに見えたのは、
式は、二名の卒業生の堂々とした入場から、学事報告、卒業証書授与、校長先生のお祝いのことばと、おごそかに進行していきました。また、教育委員長さんや、歴代の校長先生、東中の校長先生から、卒業生に対しての厚いお祝いのことばもいただきました。 祝電披露では、昨年子どもたちのお世話をしてくれた、中上先生の温かい励ましのことばが披露されました。 そして式は、子どもたちの「お別れのことば」へ。 「お別れのことば」は、子どもたちが卒業式の練習の中で、最も時間を費やしてきたものです。 「どんな思い出を卒業式で言いたいか」、「来られた方に何を伝えたいのか」から、話し合いをはじめ、一年生、二年生・・・と、六年間の思い出をアルバムをめくるように、一つ一つ、思い出して、ことばにしていきました。 卒業式で歌う歌も、数ある曲の中から、二人で選びました。
式が終わったあと、海広くんのことばや一人で歌った曲『思い出のアルバム』を、多くの方からほめていただきました。二年前に入学してきた時から考えると、彼もずいぶんと成長したものです。ですが、彼の成長の陰には、(もちろん自身の努力もありますが)、お手本となって彼にがんばる姿を見せてきた海くんと侑ちゃんがいました。 これからはたった一人になります。さみしいでしょうが、二人から受け継いだものを忘れず、がんばって欲しいと思います。いや、彼ならきっとやり遂げて、二人以上の存在となってくれるでしょう。 海広くんのお別れのことばのあと、三人で最後のソーラン節を踊りました。 これは私が、「最後に三人で何かをしたらいいんじゃない?」と投げかけたことに対して、子どもたちが選んだものです。子どもたちが「合奏」やその他のことを選んだときはそれを思いっきりやらせようと思っていましたが、最後に元気いっぱいのソーラン節をやって欲しい気持ちもありましたので、子どもたちが「ソーラン節をしたいです。」と言ったときは、正直、うれしかったです。 ソーラン節の練習では、私は一切口をはさまないようにしました。みいくんにはアドバイスをしましたが、卒業生二人には、自分たちで選んだものだから、自分たちで考えて、必要であれば自分たちで練習も仕組み、自主的に、積極的に、取り組んで欲しかったからです。 子どもたちは放課後や朝の時間、休み時間などを利用し、自分たちで練習していきました。 「皆さん、元気は伝わりましたか?」「これがぼくたちの協力の結果です!」 二人がソーラン節の後に叫んだことばは、二人がソーラン節を通して、見る人に本当に伝えたかったことだと思います。
卒業式の後、教室で最後の学級活動を行いました。その時は、今まで子どもたちがお世話になった古屋先生、浅川先生、藤田先生、そして恒松校長先生に一言ずつ祝福のことばをいただきました。皆、一様に喜びに満ちた、温かい、励ましのことばでした。 本当に多くの方に見守られ、子どもたちは端島小学校を巣立っていきました。
けれど、彼らには端島小学校で培った自分たちの歴史に自信を持ち、堂々と、中学校生活を送って欲しいと思います。 そして中学校でも立派に成長し、そして今度は、自分たちが誰かを見守り、励ます存在となってほしいと思います。 卒業式にお越しくださった皆さん、また、お祝いのおことばを寄せてくださった皆さん、本当にありがとうございました。 |
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| TOPIX | |||||||||||
| 中学校一日入学 | |||||||||||
この一日入学では、主に学力テストと、入学前の諸連絡を受けました。東小や小瀬小、装港小など、交流をしてきた見慣れた顔もたくさんあり、子どもたちは幾分安心して、参加できていたようでした。 午前中で一日入学は終わったので、帰りに装港小で雨宿りさせてもらいました。
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| さざなみ(編集後記) | |||||||||||
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