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158号 |
| 2003年3月号 |
| TOP NEWS | |||||||
| さようなら 端島っ子 | |||||||
これで再開校以来、3回の学習発表会が行われたことになります。ふたりの端島っ子の小学校生活も、とうとう折り返し地点です。 そして…私と子どもたちの別れのときがやって来ました。最後の学習発表会を見ながら、何かがぐっと胸にこみ上げて来ました。 私は着任以前、高学年を連続して担任していました。前任校で六年生の卒業を見送った後すぐに、この端島で一年生を担任することになりました。私にとっては初めての低学年担任、若干の不安を抱いてたというのが正直なところでしたが…その不安は的中などといった生易しいものではありませんでした。 端島には保育園や幼稚園といったものがありません。子どもたちが文字を読むという機会はそれまで皆無でした。近くに本屋や図書館があるわけでもありません。町中に看板が氾濫でもしていればそれを目にしながら覚えることもあるのでしょうがそういうこともありません。 ですから、入学時点で子どもたちはひらがなを読むことはできませんでした。自分の名前を書くことができませんでした。10までの数を数えることができませんでした。 ・・・・これには、さて、どうしたものかと考え込んでしまいました。もちろんこれは子どもたちの能力的な問題ではありません。彼らに足りないのは「経験」です。それからはいかにして多くの経験をさせていくかということが、本校における最重要課題となりました。
しかし実際のところ、彼らは本土の学校の子どもたちよりもはるかに大きな力をつけてきている。私はそう自負しています。 この子たちと一緒にいつまでもこの端島にいられたら。何度そんなことを考えたことでしょう。しかし、私自身この三年間で自分のすべての力を出し切ってしまい、すでに自らの『引き出し』がなくなってしまいつつあることを感じていました。無理をすれば4年目もいけたかもしれませんが、まだ経験不足の若輩の身、これ以上は子どもたちにとってプラスにならないと思いました。それでなくとも人との出会いが少ない島の子どもたちです。できるだけ多くの人、多くの先生に出会ってたくさんのことを吸収してほしい。世の中にはいろいろな見方・考え方があることを知ってほしいのです。 この夏休みに子どもたちはテレビ局の取材を受けました。ちょうどそのとき私は長期旅行に出かけておりまして、あとでその事を知らされて驚きました。放映された子どもたちの様子を見たとき私は、「この島での自分の役目もそろそろ終わりだな」と感じました。
子どもたちの成長を「客観的」に発見できたその日以来、私は彼らとの別れの日を常に意識するようになりました。自分がここで過ごす日もあとわずか、少しでも多くのことを子どもたちに伝えたいと思いました。行事を一つ終えるたびに、ひとり寂しさを噛みしめていました。 そして最後の一大行事、学習発表会を無事に終えたときは達成感・虚無感・充実感・寂寥感がないまぜになった複雑な気持ちで体中の力が抜けてしまいました。 でも一番大きかったのはやっぱり「うれしい」という気持ちでした。 海輝、侑季がひたむきにがんばる姿は、端島の人々に大きな感動を与えてくれます。 これからも子どもたちの明るさと真面目さが端島の希望であり続けることを心から願い、いつまでもエールを送り続けたいと思います。 さようなら。端島っ子。
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| TOPIX | |||||||
| お楽しみ遠足 in 柱島 | |||||||
| 3月24日、みんなで遠足に出かけました。行き先は柱島です。柱島の方からこの端島の姿をぜひ眺めてみたいと思ったのです。 「はちまき道路」と呼ばれる道をみんなで一周したり、カレーライスを作って食べたり。かいくんの弟のみいくんもいっしょでしたが、あの端島の数倍はあろうかという一周道路をよくぞ歩き通したものです。 懐かしく香る沈丁花にウグイスの声、桜に梅に桃の花。確かな春の訪れを満喫した、柱島での一日でした。
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| 編集後記 〜 潮騒 | |||||||
◆休校とともに長らく休刊となっていたこの端島新聞を、10数年ぶりに復刊させたのが3年前。以来月1回のペースで編集をしてまいりました。復刊は133号から始まりましたが、それ以来号数を重ねて今月号で158号。僕が編集に携わった分は26号分となりました。 ◆端島新聞作りは僕にとって実に楽しい仕事でした。文章を考えたりするのがわりと好きなものですから、ホームページ作りと並んで僕にとっては刺激的な仕事だったのです・・・・と言いながら、編集がずいぶん遅れてしまうことがしばしばで、読者の皆様は「今月号はないんじゃろうか」とさぞかし心配をされたことでしょう(笑)。 ◆端島新聞作りでもっとも大変だったのは『端島歳時記』のコーナーでした。学校のことならホームページにも残してあるのですが、端島の中の出来事からネタを探すというのは簡単なようで難しかったです。 ◆「そら、端島に雪が降ったぞ」「変な魚が網にかかったそうじゃ」「あそこの畑でとんでもなく大きなサツマイモができたんと」なんて話を聞くと、デジタルカメラ持って飛び出したものです。子どもたちの記録写真を撮るときも、「この写真はホームページでこんなふうに使おう」「次の端島新聞ではこのカットをドーンと大きく」なんてことがいつも頭の中にありました。 ◆こうして26回分の新聞を読み返しているとかなり恥ずかしいですね。自分独特の言い回しや考え方に「若さ」というか「青臭さ」を感じます。だけどこの端島新聞は僕にとっては大きな自信であり、誇りでもあります。おかげさまで休校前の諸先輩方の歴史を引き継いで、なんとか3年間続けて来ることができました。 ◆読者の皆様。ご愛読どうもありがとうございました。最後になりましたが、皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。いつまでもお元気で。 |
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