133号
2000年4月・復刊号


 TOP NEWS
開校記念特集
新たなる出発   校長 恒松徹生
 赤ちゃんの産声は、いつどこで聞いてもうれしいものです。
 昭和54年に生まれた端島新聞も平成3年3月132号で余儀なき休校のため途絶えていました。それが9年間の時空を越え、今再び133号を出せる喜びは言葉では表しようがございません。これも、地域の皆様、市教委を初め市当局の皆様、そして、後ろ髪を引かれる思いで休校の日を迎えた教職員の皆様の復活への熱い思い・願いの賜物と感謝いたしております。
 2000年に新たに旅立つ端島小学校。「生きる力」の育成の根幹をなす「感動とよろこび」を合い言葉に全力を尽くす覚悟でございます。1年生2人という極小規模校ですが、これは多くの問題を含みながらも、限りない可能性も秘めていると考えます。
 それは、急に止まれなかったり、方向変換が出来にくかったりする大型タンカーに対し、臨機応変に小回りの利くモーターボートのようなものです。子どもの個性を大切にした、子供を中心においた素早い対応の出来る教育が出来ると考えます。また、規制枠にとらわれない手作りの教育、特色ある学校づくりもできると考えます。時間の枠、場所の枠、教科の枠等に縛られることなく、「感動とよろこび」を支える基礎・基本の徹底が図れると信じております。
 これから、日々の教育の様子、明日の教育、端島の胎動等を「端島新聞」という形で島内外の皆様にお送りいたします。いつまでも端島小学校を、そして、端島を温かくお見守りください。ご意見等ございましたら、どしどしお寄せください。

この島に来て本当によかった   担任 古屋圭宣
 僕が着任する端島を初めて訪れたのは、とてもよく晴れた4月2日のことでした。
 海は凪ぎ、風はおだやかです。陽光降り注ぐ港に降り立つと、山の斜面や道路沿いに連なる桜の木々に目を奪われました。
「ああ、この島は『桜の島』なんだな。」
 ぼんやりとそんなことを考えていると、あちらの方から自転車に乗って元気に走ってくる2人の子どもたち。 
 これが、僕と「ふたり」の最初の出会いでした。
 その翌日にはこちらに引っ越して参りましたが、性分なのでしょう、とんだ大荷物を抱えてきてしまいました。お手伝いしていただいた島のみなさんには大変なご迷惑をおかけしてしまい「なんとまあ、よーけあるのう」と笑われてしまったほどです。僕はとにかく一日でも早く島での生活に慣れたいと思っていました。そうでなければ、復校という大切な局面を迎えた本校で、勤務に専念できないだろうと思ったからです。自分の足場がしっかりしていなければ、みなさんにご迷惑をかけるばかりですから。
 おかげさまで何の不自由を感じることなく島での生活をスタートすることができました。2人の子どもたちのため、学校のため、そして島のためにと何とかがんばっていけそうです。
 家から学校まで続く海岸道路をさわやかな風を受けながら自転車で走る朝。とっても純粋で個性豊かな子どもたちとふれあえる喜び。島ならではの出来事に直面しては驚く毎日。そして、こんな若輩者の僕を「先生」といってとても親切にしてくださる端島のみなさん。
 僕は「この島にきて本当によかった」と心の底から思います。
 僕と同じ思いを、本校に勤務しておられた諸先生方も感じておられたようです。今でも学校内には先生方のご尽力の跡、卒業生のみなさんの努力の証が多く残されています。それらを拝見するたびに僕は粛々とした気持ちになり、やる気も沸々と湧いてまいります。
 今僕にできることは、いえ、すべきことは、自分にできることに全力を尽くし、余力を残さぬ覚悟で日々邁進することであると思います。
 これから皆様にはお世話になることばかりだと思いますが、何とぞよろしくお願いいたします。
点描 〜 開校式・入学式

 満開の桜、紺碧の海、地域の皆様手作りの杉門に彩られ、平成12年4月8日(土)に開校式、10日(月)に入学式が行われました。島民の方、岩国市長さん、教育長さんをはじめ市教委の方々、本校卒業生のご列席に加え、新聞テレビ等の報道関係者の来校も大変多く、それはそれはあたたかく美しい、感動きわまる式となりました。当日来られなかった方のために、報道された新聞の一部を抜粋させていただき、紙上で再現してみたいと思います。

【読売新聞から抜粋】
 港から学校までの道に翻る大漁旗と、仕事返上の清掃によって空白の年月を感じさせないピカピカの校舎が島民の期待の大きさを物語っていた。開校式では、地元を代表して、開校準備委員会の三上誠人会長が「中学校の休校が昨日のことのように思われます。開校の日を迎えることができ、夢のようです」とあいさつした。井原勝介市長は 「地域全体で学校を盛り上げ、次の新入生が入ることによって継続して学校が運営されるよう、努力をお願いします」と述べ、1986年に新任の校長として同小に赴任した二武功・市教育長は、少人数を生かした教育に取り組んだ当時の思い出を感慨深く語った。恒松徹生校長が「数年間の空白を埋めるのではなく、島から外へ新たな風を発信していきたい」と決意を表明。新入生の侑季ちゃんと海輝ちゃんはそれぞれ、「学校ができてうれしいです。」「勉強をがんばります」と元気よくあいさつした。

【中国新聞から抜粋】
 式には、12年前の卒業生、会社員・沖元乃理さんも駆け付け、「母校が再開され、かわいい後輩ができて本当にうれしい」と感激していた。

【朝日小学生新聞から抜粋】
 ふたりの両親は毎朝、暗いうちから漁に出ます。「漁師の仕事は家を空けている時間が長いので、島に学校があると助かります」と海輝くんのお父さんは喜びます。10日の入学式。ぴかぴかのランドセルを背負って校門をくぐったふたりを迎えたのは、校務の浦浪さんでした。「しばらく新入生がいなかったからねえ。本当によかった。おめでとう」。「地域のみなさん全員がお父さん、お母さんのようなもの。大
事にされてふたりは幸せです」と侑季ちゃんのお父さん、春生さんは言います。入学式で「仲良く一緒に勉強しましょう」と語りかけていた古屋先生は「3月までは6年生30人学級の担任でした。ふたりだけのクラスはもちろん初めてですが、たっぷりある時間をふたりのために使いたい」と言います。
 
 これだけ多くの報道をしていただき、皆様のご期待をひしひしと感じつつ、その気持ちに答えるべくがんばらねばと決意を新たにしております。

 TOPIX
「初めて」がいっぱい!!
島から飛び出したぞ
 小学校に入学すると、たくさんの学校行事があります。その中でも小学生にとって人気の(?)行事は社会見学・遠足ですよね。だけど、二人にとってはかなり緊張する行事なのです。なにしろ目にするものすべてに驚かされるのですから。
「うわぁ、トンネルだ」
 …端島にトンネルはないからね。
「大きな川だなー」
 …そういえば、川もないよな。
 いっしょに車に乗っていて二人の様子を見ているとこちらまで楽しくなってきます。それにさすがは海の子、端島の子。車酔いなんて全然心配がいりません。たくましい二人です。ただ、どうしても「人」とお話ししたりすることはまだまだはずかしいみたいですがね。話しかけられて困っている様子がよく見られます。これからです。
社会見学
 岩国市立小瀬小学校の一年生、九人のお友達といっしょに岩国へ社会見学に。
二人が楽しみにしていたのはなんとシロヘビ。かなり前から興味津々だった様子です(そのくせ、本物のヘビに出会ったら猛ダッシュで逃げるのにねぇ)。
 小瀬小学校のお友達が二人の名前を覚えてきてくれていて感動しました。次の機会はもっともっといろんなお話がしたいなぁ…と2人はつぶやいています。
初夏の遠足
 ウサギをもらいに羅漢山へ行こう!!
 今回は海から山への大冒険です。羅漢山山頂付近にある『ちびっこ動物共和国』にはかわいい動物がいっぱい。初めて動物にエサをあげたり、馬に乗せてもらったりと貴重な体験をさせていただきました。そしてかわいいウサギをいただいて端島へ。名前は「ゆうすけ」と「かいすけ」だそうです(笑)。
みなさん どうもありがとう
 学校の再開に際しまして、多くの寄贈をいただきました。

 上から順に、

 砂鉄

 スズムシ

 ウサギ

 …です。

 ありがとうございました。これからの活動に大いに役立てさせていただきます。

 端島歳時記
みんなでおもち拾い
 亀田春生さんの新造船「新栄丸」が過日進水いたしました。無事故に大漁、健康を祈念しておもちまきが行われ、島内のみなさんが大集合。にぎやかで楽しいひとときでした。

ホタル乱舞
 端島神社近辺の草むらに毎夜ホタルが現れます。ずいぶんと点滅の早いホタルで体調も5ミリぐらいとやや小ぶり。おそらく「ヒメボタル」の仲間ではないかと想像されるのですが、図鑑などでは「高い山にすむ」とされています。
 …うーん。不思議。でも、波のさざめく音に耳を傾けながらホタルの乱舞を愛でる。これ以上の「風流」はちょっとないような気がします。

アジ爆釣
 ただいま船着き場付近でアジが好調です。教員2名が二人して釣り糸をたれたところ、釣れるわ釣れるわ。ものの20分で20匹前後のアジがあがりました。大きさも20センチ前後とわりに良型です。さっそく塩焼きにして食べてみましたが脂がのっていてまさに絶品。趣味というよりは食料調達というきわめて現実的な目的ですので、食べきれないほど釣るのはやめようと決意。
 …ぜいたくな話です。

 編集後記 〜 潮騒
◆本校の校歌にも歌われている見壁山(むかべやま)。学校の横にそびえる山です。
◆見た目は「原生林」といった感があり、「トトロ」が住んでいてもおかしくないような山です。
◆こんな《素材》を前にして我々教師が考えるのは「何とか学習フィールドとして活用できないか」ということ。以前にここにおられた西本先生は子どもたちといっしょに山の中に基地を作られたとか。
◆「30年前は頂上から周囲の島々がそりゃあよく見えよったもんです」とは海輝くんのおじいさん、勇さんのお話。
◆「よーしそれなら」と一念発起、山に分け入って行ったのは恒松校長。この恒松校長、
知る人ぞ知る登山家で三度の飯より山が好きというお人。フラリと姿が見えなくなったと思っていたらいつの間にか頂上を目指しておりました。しかもワイシャツにスラックスという軽装で(!)
◆降りてこられたお姿はそれはそれは悲惨なことになっておりました。草の汁と泥にまみれて…。
なだらかな曲線が美しい見壁山
ふもとに見える小さな建物が学校です

◆そんなご苦労のあげくの第一声は「こりゃ難しいな」

◆山の中は想像を絶するほどの大ヤブ状態で歩行すら困難を極めます。頂上は頂上で高い木が生い茂り、周囲を見渡せる隙間もないぐらいです。だけどそこから木に登れば何とか…。やっぱり難しそうです。
◆「十年一昔」といいますが「三十年大昔」というわけですかね。
◆だけどまだまたあきらめてはいません。この見壁山、何とか教材にして子どもたちとふれあってみたい。自分たちのふるさとを見つめるために。自然のありがたさ、時にはその厳しさを学んでもらうためにも。
◆今日も見壁山は静かに端島を見守ってくれています。