本来学校のホームページとは、学校からの情報発信という役割を担う以上、そこには子どもたちが何らかの形で関わっていることが大切だと思います。
 本校児童は1年生が2人という状況です。(平成12年現在)
 このページでは児童の気持ち、作文や作品などを保護者の皆様のご賛同のもと、少しずつでも紹介していければと思っています。
 子どもたちの発達段階から現時点ではあくまでも教師主導のページですが、やがては子どもたちが自分たちの思いを表現するために企画・運営していけるような日がくることを楽しみにしながら、このコーナーを設けておこうと思います。

平成12年11月


 《児童の作文から》
なかよしの木のえをかいたよ』(2000.11)
 わたしは、ずこうのとき、先せいとかいくんと、なかよしの木のえをかきました。
 まず、ゆかにしんぶんしをしきました。かぜがふいてきてしんぶんしがとんでしまったのでこまりました。
 それから、えのぐを手につけて、いろんないろではっぱをつくりました。わたしは、えのぐを手につけると、もみじのはっぱができたのでびっくりしました。
 はっぱをつくるとき、えのぐが足につかないように気をつけました。きれいなはっぱになるように、いろをかんがえながらぬりました。
 できたとき、三人で力を出して、よくできたとおもいました。
 おわりのとき、みんなでおかたづけをしました。
 また、みんなでつくりたいとおもいます。
教師のひとりごと
 
 本校の児童にとって、色を混ぜ合わせて新しい色を創り出すというのは、なかなか経験できない新鮮な喜びであったようです。自分なりに「この色を使ってみよう」「あそこにこの色を使ったから、今度はこの色」などと少しずつ工夫をしながら、そして楽しみながら創りあげた作品です。


かざりに色をぬっていまーす。
半そで・半ズボンの
サンタさんまで登場。
とってもユニークなセンスです。
小麦粉を煮て作った
「小麦粉のり」。
かざりの裏にハケでぬって、
段ボールにはりつけます。

小麦粉から
のりが作れるんだねー。
段ボールごと切り抜いたかざりに
あなをあけて、
細くさいたタフロープを
結びつけます。
ロープは小さいあなに通しにくいので
かいくんは困っていますね。
学校入り口の「きゃらぼく」に、がんばって作ったかざりやモールをかざりつけました。
クリスマスツリー・端島オリジナルの完成!!  夜はイルミネーションも楽しめます。
スノースプレーで
窓にお絵かき。
型紙を置いて
シュッとひとふき。

とってもにぎやかな窓になったね。

《児童の日記から》2000.12.19


 きょうはせいかつで先せいが、
「スプレーでえをかくけえ」
といいました。そして先せいがスプレーといろんなあなのかみをもってきました。
 先せいが、
「かみにこなのついてるほうを上にして」
といったのでぼくはやりました。
 先せいが、
「クリスマスツリーをかざるよ」
といったのでいきました。そしてクリスマスツリーができました。
 またまたスプレーでえをかくつづきをやりました。
 クリスマスツリーをつくってきれいだなとおもいました。


 きょうは木にかざりをつけました。
 よる学校にいったら、ツリーがきれいとおもいました。
 あしたはあめがふらないように、こま犬におねがいしました。


教師のひとりごと

 「島の子どもたち」というと、見るもの聞くものすべてが新鮮でさぞかし感受性豊かのように思われるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。入学以来、彼らにとってすべてのことが新鮮であることは確かです。しかし、その思いが驚き・興味・好奇心といったところまでつながっているかどうか。もちろんそれは「できない」のではなくて、「慣れていない」のです。のんびりとした刺激の少ない島の生活なのですからやむをえない面もあるのですが…。
(本当は僕たちから見れば、この島にあるものの方が魅力的で刺激的に思えることが多いんだけどなあ)
 だからこの端島に赴任して以来僕は、どうやってこの子たちの知的好奇心をくすぐろうかと日々考えています。そんな中で計画した今回の『クリスマスをたのしんじゃおう!』という生活科の活動。ふたりにとって新鮮な体験・驚きの場面も多かったことでしょう。
 
   「楽しいな」 「がんばってよかった」 「いったいどうしてなんだろう」 
   「どうもうまくいかないな」 「よーし、次こそは」

 学習の過程で子どもたちの中に交錯する様々な思い。こうした思いが子どもたちの日々の生活・学習を支えているのは間違いありません。だからこそ子どもたちにはより豊かな感受性が育ってほしいなと思うのです。たとえそれがイベント的な活動を通じて感じた「おもしろかったなあ」「またやってみたいなあ」という思いであったとしても、それは決してその場限りのものではありません。明日からの学習にまた必ず生きてくるものです。
 数多くの「経験」なくして、豊かな感受性は育ち得ません。その「経験」がこの島の子どもたちには絶対的に不足しています。
 だからこれからも子どもたちには、できるだけ多くの「経験」をさせられるように「場面」「機会」を考えていこうと思う今日この頃です。