九州から中国地方にかけて、甚大な被害をもたらした台風18号。端島も、家屋の倒壊や停電、暖水、電話の不通など、様々な被害に遭いました。まだまだ、もとのようにはもどってはいませんが、停電も解消し、情報を発信することができるようになりましたので、端島の今の状況をお伝えいたします。


運動場の桜の葉は、塩で、みな
枯れました。
校舎の横にあったざくろの木は、
台風で倒れてしまいました。
体育倉庫の屋根も少し飛ばされました。


私の家の屋根です。瓦が飛散して
います。どこの家も、瓦は飛んで
いました。
道路には様々な物がおちています。
瓦、レンガ、電化製品…。中でも、崩れた家にはびっくりしました。


港には、ひっくり返った船や港に
打ち上げられた船、壊れた船も多
数あります。魚を保存していた母船
も壊されてしまいました。
神社にも道路にも、山から落ちて
きた葉がたくさんありました。子ども
たちががんばって片づけました。


 ここでお伝えしました様子は、ほんの一部に過ぎません。島の一周道路を少し歩いただけで、目を覆うほどの被害はいくつもいくつも見ることができます。
 停電も2日半に及び、断水は、3日間続いています。(もちろんその間、多くの方々が復旧のためにご尽力くださいました。)
 そんな悲惨な状況の中でも、島の方々には大きなけがもなく、また、皆さん、途方に暮れることなく、復旧作業を続けておられます。端島小学校の3人の子どもたちも、おうちの方を助けて、一生懸命お手伝いに励んでいました。そんな様子を見ていると、人間のたくましさを感じずにはいられません。
 ろうそくと豆電球のもとで暮らした2日間も、私にとってはすばらしい体験学習でした。
 停電の続いた3日間の子どもの日記を以下に掲載します。お読みください。


1日目
『台風の中の台風だな!』
 今日は、台風がきていたので、家に帰られませんでした。それにていでんになっていたからとてもたいくつでした。
 ぼくは、まあ外でも見てみようと、思ってみてみると、新しいそうこの屋根が飛んでいたのでびっくりしました。あと、げんかんの木も根の方からぬけていました。そしてお父さんに、
「これって19号の時より強い?」
と聞くと、
「うん。」
と言っていたので、ぼくは台風の中の台風だなあと思いました。
                  (海 輝)
『あつい』
 今日は、学校がおわって、家に帰ろうとしましたが、風で帰れませんでした。
 昼は海くんといっしょにお弁当を食べました。でも、はし入れになにも入っていなかったので、私は、
「はしを入れるのを忘れたのかなぁ。」
と思いました。しかたなく、フォークとスプーンで食べました。おいしかったです。
 そしてほけんしつですわっていたら、すごくあつかったです。私は、
「台風が早くすぎたらいいなあ。」
と思いました。
                  (侑 季)
2日目
『水いつ出るかな』
 今日は井戸に水をくみに行きました。近い方の井戸より、きれいな水の井戸に行きました。
 遠かったので、車で行きました。でも、帰るときに、水がたくさんこぼれました。なのでふたをかぶせました。けれども、ふたが小さかったのですこしこぼれました。ぼくは、水はいつ出るのかなあと思いました。
                (海 輝)
『重い!』
 今日は井戸の水をバケツにくみました。
 そして、家まで帰りました。私は、
「重い!」
と、思いました。
 そして、私は、
「この水をなにに使うのかな。」
と、思いました。
 そしたら、タオルをぬらして体をふくのに使いました。とっても気持ちよかったです。
               (侑 季)
3日目
『あっつう!たかーい』
 今日はお父さんの手伝いをしました。
 やねの手伝い(屋根の修理)をしました。
 やねに上がるとあつかったです。それに、高くて、とてもこわかったです。
 でも、もうなれました。でも、てっぺんには行けませんでした。
                (海 輝)

『オーマイガッ』
 今日はえびすやさんにろうそくを買いに行きました。そして細長いろうそくを買って帰るとちゅう、ろうそくを落としてしまいました。そして、中を見たらおれてなかったので、うれしかったです。
 それから家に帰って、母さんにわたしました。
 母さんは、
「ありがとう。」
と、言いました。
 私は、
「どういたしまして。」
と言いました。
               (侑 季)
 みんな元気です!しっかりお手伝いもできました。まだまだ完全ではないけれど、
端島はみんな、がんばってます!!皆さん、ご安心を!!